日本三大桜、五大桜と共に城址を探索その3 根尾谷淡墨桜

メジロとサクラ
日本の三大桜、五大桜といわれる名木の桜と、
ついでに立ち寄りたい城址を紹介しています。

三春滝桜(みはるたきざくら)、
山高神代桜(やまたかじんだいざくら)とみてきましたので、
今回は”根尾谷淡墨桜(ねおだにうすずみざくら)”と
近くの城址についてです。

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根尾谷淡墨桜(ねおだにうすずみざくら)

場所:岐阜県本巣市根尾板所字上段995
岐阜市の北西方面に位置する本巣市の、
中心付近にある山あいに、薄墨公園があります。

根尾谷淡墨桜(ねおだにうすずみざくら)
薄墨公園内に悠然と立っており、
桜の時期になると四方に約25mにわたり広げた枝に、
花が色づきます。

薄墨の名は、咲いてから散るまでの間に色が変化していき、
散る間際には薄墨のような色になることからつけられたそうです。

樹齢1500年以上の、エドヒガンザクラです。
神代桜よりは若いですが、長生きですよね。

なんどか枯れそうになっていて、
そのたびに延命治療がほどこされて持ち直し
毎年花をつけているんだそうです。

根尾谷淡墨桜も、
グーグルマップのストリートビューで近くまでいくと、
桜が満開の様子を見ることができます。

台風などの被害もあって、
最盛期に比べると小さくなったとのことですが、
それでも大きいですよ。

薄墨桜には次のような言い伝えがあります。

継体天皇(第26代天皇)が即位される前
(男大迹王:をほどのおおきみ)、
この地に身を寄せていました。

おおきみが都から招かれ、根尾谷を去る時に、
桜の苗木を一本お手植えになられ、次の歌を遺されました。

身の代と遺す桜は薄住よ 千代にその名を繁栄へ止むる
(みのしろとのこすさくらはうすずみよ ちよにそのなをさかへとどむる)

なんと、天皇みずからがお手植えになられた
伝説の残る桜なんですね。

土塁に咲く桜を愛でる黒野城(くろのじょう)

根尾谷淡墨桜から南東に向かって、
約25kmの岐阜市内に黒野城跡があります。

黒野城が築かれたのは比較的新しく、
1594年に豊臣家の家臣であった、
加藤貞泰(かとう さだやす)によって築かれました

東西1,000m、南北800m規模の平城で、
この城を拠点に領内を統治しました。

新しい城ということもあって、
町屋敷に楽市の免許を発行したり、
治水工事を進めるなど、善政を行ったようですね。

しかし、1610年に伯耆米子藩へ移封となり、
黒野城は築城からたった16年で廃城となりました。

現在は、本丸以外の大部分が市街地になっています。

本丸はグラウンドとして整備されていますが、
土塁や空堀、虎口付近の遺構が残っています。

土塁には桜が植えられているので、
春には花見客でにぎわうことでしょう。

地図をみると、かつて外堀だった部分が用水路として
利用されている様子がうかがえます。

また、本丸の北にある多賀神社裏には、
空堀の遺構をみることができます。

専用駐車場はありませんが、
虎口から南西方向にある黒野接骨院や、
土日限定で東側の医療専門学院に駐車することができます。

接骨院を利用する際は、ひとこと声をかけた方がいいでしょう。

まとめ

岐阜県本巣市の中央部、山あいの里に
根尾谷淡墨桜(ねおだにうすずみざくら)があります。

散り際に薄墨色になる珍しいエドヒガン桜で、
一度は訪れてみたいものです。

継体天皇が植樹なされたとの伝説があり、
樹齢1500年以上の桜は、多くの人に
支えられながら今も花を咲かせています。

薄墨公園の近くに、神所城跡や、
大桑城(おおがじょう)がありますが、
桜を楽しめる城として、黒野城を選びました。

たった16年しか使われなかった黒野城ですが、
完全に市街地に埋もれることなく残っていて、
地元地域の方々の努力を感じますね。

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