復元天守と復興天守?どこが違う?

復元天守と模擬天守
復元天守と復興天守、
その違いって何でしょう?

木造なら復元で、
鉄筋コンクリート造りなら復興?

いやいや、そんな単純でもないですね。

建築素材で違うなら、
他にも”模擬天守”という区分もあるので、
素材の違いだけではありませんね。

では、復元と復興の違いがどこにあるのか、
簡単に見てみましょう。

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復元天守と復興天守の大きな違い

復元と復興の大きな違いは、
”絵図面や設計図を元に、忠実に再現しているかどうか”
という点です。

たとえば、復元天守の例だと、
名古屋城が挙げられます。

名古屋城は鉄筋コンクリート造りで、
内部にはエレベーターも備え付けられています。

およそ、復元とは程遠いように感じますよね。

でも、名古屋城は近年になって戦災で焼失したため、
戦前の調査写真や図面が豊富に残っています。

コンクリート造りでも、
外観はほぼ焼失前の姿に”復元”されているんです。

名古屋城は復元天守なんですが、
外観のみの復元なので、
”外観復元”と呼ばれています。

ところで、名古屋城に関しては、
コンクリートの劣化などによる
建て直しが検討されていて、
中もふくめた、木造での復元計画があります。

そうした復元を、”木造復元”と呼びます。

一方、復興天守の場合は、
”忠実に再現されていない天守”ということになりますが、
どういうことでしょう?

模擬天守と勘違いしそうな大阪城復興天守

復興天守の代表的な城が、
同じく鉄筋コンクリート造りの”大阪城天守”です。

大阪城に天守が建てられていたことは、
昔の絵図も残っているので、間違いありませんよね。

ですが、現在大阪城に建てられている天守は、
昔に存在した天守とは外観が違っています

この問題をややこしくしているのが、
”いつの天守を再現しているのか”ということ。

現在の大阪城は、5層部分の外観が
”豊臣秀吉が築いた城”を再現し、
4層から下は徳川時代の天守を模していて、
年代が混ざっています。

「それって、模擬天守じゃ?」
なんて思うような、微妙な天守なんですね。

どうして、大阪城の天守は
混ざり合ってしまったのでしょうね。

ここで、ちょっと歴史を整理してみましょう。

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大阪城(大坂城)は、
豊臣秀吉が整備し築いた城でした。

秀吉はもともと、藤吉郎(とうきちろう)
という名で、織田信長(おだのぶなが)に
仕えていましたが、機転が利き、
戦の駆け引きも長けていて、
信長のもとで才覚をあらわしていきました。

信長が亡くなったあと、
その意志を継いで天下統一を果たします。

秀吉は大阪城を整備し、
ここを拠点として活動をしました。

秀吉は戦に長けていただけでなく、
人心の掌握もうまかったので、
生前は大きな反乱もありませんでしたが、
亡くなると、反豊臣派の動きが活発になります。

反豊臣派の筆頭が徳川家康(とくがわいえやす)、
のちの江戸幕府の初代将軍です。

関ヶ原の戦いを経て、大阪で決戦が行われ、
豊臣家は滅ぼされてしまいました。

大河ドラマ”真田丸”では、
決戦「大阪夏の陣」で活躍した、
真田幸村の人生が描かれていましたね。

大阪城落城後は、徳川側によって、
大規模な埋戻しがされ、あらためて
徳川時代の大阪城が建て直されました。

門や堀の位置などは大きく変わらないものの、
埋戻しは徹底的におこなわれ、
天守台の位置も変わったほどでした。

その後、昭和に入って天守の復興がはじまり、
この時から5層目は太閤秀吉時代の外観で再建されました。

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ここまでが、大まかな歴史の流れです。

秀吉の大出世にあやかってなのか、それとも、
大阪を戦禍に巻き込んだ徳川を嫌っているのか、
理由は憶測にすぎませんが、
大阪では今でも秀吉の人気は高いです。

本当は、「太閤さん」の天守を
建てたかったんじゃないかと思います。

でも、秀吉が建てた城は、
大阪冬の陣や夏の陣の屏風の絵など、
資料に乏しいこともあり、
正確に復元することは不可能です。

そこで、苦肉の策として、
4層目までを徳川時代の意匠とし、
まざりあった天守が出来ました。

このように、コンクリート造りでも、
木造でも、資料が不足していて
正確に復元されていないものは、
”復興天守”となります。

まとめ

天守には、以下のように4つの分類がありました。
”現存天守”
”復元天守”
”復興天守”
”模擬天守”

今回は、差がわかりづらい
”復元”と”復興”について、
名古屋城と大阪城を例に解説してみました。

資料が多く、
より忠実に建てられたものが”復元天守”。

天守があったことは確実でも、
資料が少なく、
忠実に建てられていないのが”復興天守”と呼ばれます。

復元には、見た目だけ忠実な”外観復元”と、
見た目も、中の構造も忠実にした”木造復元”に分かれます。

復元には復元の、復興には復興の事情があり、
それもまた、城にまつわる歴史なのかもしれませんね。

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