城址公園に桜の名所があるのはなぜ?

熊本城夜桜
春になると一斉に咲き誇り、
散り際まで楽しませてくれる桜。

淡い色合いの華やかな花が咲き、
散り際もハラハラを落として
綺麗に散るのを見ながらの花見も良いですよね。

城跡でもたくさん植えられていて、
名所になっている城もたくさんあります。

いまなら、城を背景に
桜を上手に生かした写真を見る機会も多いので、
たくさんの桜に囲まれた城の姿は、綺麗ですよね。

でも、明治になるまで、
城にあれだけの桜の木が植えられることは、
ありませんでした。

その理由として、視界が悪くなることが挙げられます。

実用的な城ほど、
敵が見えにくくなるような木は植えません。

植えたとしても、松明として使える”松”や、
建物の修理に使える杉、
防虫効果のある木材として使え、
また鎮痛剤としても利用できる”楠(くすのき)”
といった実用的な木でした。

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桜がたくさん植えられた理由

桜は、城にはあまり植えられませんでしたが、
庶民、とりわけ農家には愛されている木です。

桜は、
”サ”という稲の神様の拠り所になる”クラ”
という意味があります。

それで”サクラ”なんですね。

農家では花開くころに田植えの
準備が始まるので、身近に感じる木でした。

農家以外でももちろん、江戸の町民が
花見を楽しむ名所がありました。

現在の東京都にある飛鳥山公園
隅田川の堤など、現在も残っていますよね。

ですが、現在のように
あちこちで見られるほどではありませんでした。

桜が現在のようにたくさん植えられるようになるのは、
明治時代に入ってから
です。

現在植えられている桜の多くが
”ソメイヨシノ”という里桜であることは、
よく知られていますよね。

ソメイヨシノは、江戸時代後半から
明治時代にかけての比較的新しい品種なんです。

それまでの桜に比べ、
”葉が出る前に咲く”
”花が大きい”
”成長が早く若い木でも花が咲く”
”育てやすい”

といった特徴があったため、人気になったんですね。

しかもそのころ、
武家が世の中をおさめる江戸時代から、
武家に限らず政治に参画できる明治になり、
武士の象徴である城や武家屋敷の多くが、取り壊されました。

庶民に開放された城には、
庶民に人気の桜”ソメイヨシノ”が植えられ、
親しまれるようになりました。

エドヒガンは、
樹齢が千年を超えるものもあり
日本三大桜にもありますが、
ソメイヨシノはまだまだ若い桜なんですね。

クローン桜、ソメイヨシノの危機

ソメイヨシノは”挿木”や”接木”
でしか増やせないことは、よく知られています。

実はつきますが、
ソメイヨシノ同士の子孫ができることはなく、
種から育てても、
ソメイヨシノが持つ特徴が失われてしまうんだそうです。

だから、私たちが花見で楽しませてくれる
ソメイヨシノは、もともと同じDNAを持つ
クローンなんです。

クローンであるため、おなじ病気に弱く、
また傷がつくとそこから腐りやすい
といった弱点もみな同じなんですね。

花見の時期になると、
桜の下でバーベキューをしたり、
酔った勢いで枝を折る不埒者がいて、
桜の寿命を縮めている原因になっています。

マナーには気を付けたいものですね。

クローンだからと、悪いことばかりじゃありません。

”桜前線”といわれる現象がおこるのも、
同じ条件で花開き、
数日と置かずに次々に咲いていく
ソメイヨシノだからこそなんですよ。

ただ、話によると、元株の寿命がきたら、
一斉に枯れてしまうのではないかと懸念されています。

そうなったら、桜前線の報道も
なくなってしまうんでしょうね。

まとめ

現在、城址公園に見られる桜は、
江戸時代にはほとんど植えられていませんでした。
実用的じゃなかったからです。

でも、農家では田植えの基準にもなり、
古くから大切にされていました。

明治になって、育てやすい”ソメイヨシノ”
発生したこと、武家政治が終わり、
城が解放されたことなどが重なって、
桜の植樹が増えました。

とりわけ、ソメイヨシノは
増やしやすい特徴があったため、
街路樹や学校にも植えられたので、
現在では日本全国(※)で楽しむことができます。
(※:沖縄、北海道の一部はソメイヨシノ意外の種類)

種子から増えることができないソメイヨシノは、
クローンであるために進化もなく、
自らを強くすることができません。

花見をするときは、マナーを守って
傷をつけないように気を付けましょう。

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