五大桜と訪れたい城址ーその4ー狩宿下馬桜

メジロとサクラ
日本に存在する五大桜といわれる名木と、立ち寄りたい城を紹介しています。

今回は五大桜の4本目、狩宿下馬桜(かりやどのげばざくら)です。

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狩宿下馬桜(かりやどのげばざくら)

場所:静岡県富士宮市狩宿98-2
富士山の裾野にある富士宮市の中央付近に、
狩宿下馬桜があります。

近くに川が流れていて、のどかな雰囲気の場所です。
すぐ近くに空き地のような駐車場が少しあるので、
早めの時間帯に行った方がよさそうですね。

この桜は、樹齢が800年といわれていて、
ヤマザクラ系の中でも一番古い木なんだそうです。
(学名:アカメシロバヤマザクラ)

三大桜の樹齢はどれも、1000年を超えますが、
エドヒガン系なので、ちょっと違う。

桜でもいろんな系統があるんですね。

ヤマザクラ系で一番古いので、日本五大桜の中でも唯一、
”特別天然記念物”に指定されているんだとか。

ヤマザクラがそれだけ長生きすることって珍しいんですね。

樹齢の古さだけだと、つい比較して、
三大桜のほうが凄い感じがありましたが、
そんなことは無いということがわかります。

この桜の名前には、
源頼朝(みなもとのよりとも)がかかわっています。

源頼朝は、武家政治の発端となった
”鎌倉幕府”を開いた人物ですね。

その頼朝が、この狩宿の地で巻狩をした際に、
桜の前で下馬をした場所ということで、
狩宿下馬桜(かりやどのげばざくら)の名が付きました。

また、馬をつなぎとめたということで、
駒止めの桜」という別名もあります。

巻狩をするために、
鎌倉からわざわざ富士宮にまでやってきたんですね。

もちろん、周辺諸国の視察や
武威を示すためという理由もあったのでしょう。

この桜から東北東に1km離れた場所には、
この地で仇討を成し遂げた曽我兄弟の墓が、ひっそりと残されています。


狩宿下馬桜

ヤマザクラなので、ソメイヨシノよりは
早く咲いてしまします。
3月中旬くらいでしょうか。

交通の要衝に造られた興国寺城

狩宿下馬桜から遠く、
南東方向に30km以上離れた場所に
興国寺城(こうこくじ じょう)があります。

沼津市の愛鷹山と駿河湾の間に挟まれた
狭い平野を見下ろすような場所に造られた城です。

文献上、いつ造られたのか定かではないものの、
15世紀後半には存在していました。

場所がら、後北条氏、今川氏、武田氏が
入れ替わり統治した場所で、3氏が滅亡した後は、
豊臣秀吉の重臣であった中村一氏(なかむらかずうじ)や、
徳川家康の家臣で、天野氏が入っています。

山の裾を開削したような城で、
北は山の尾根を利用した堀で防ぐようになっており、
東西は高い土塁が築かれていて、
南側に開かれた縄張りになっています。

輪が連なるように曲輪が連続する、
連郭式の平山城で、
南から北に向かって山を登るように、
三の丸、二の丸、本丸がありました。

三の丸は、現在国道が横切るように分断され、
二の丸、本丸は良好な状態で残っています。

江戸時代初期には、
天野氏の出奔により廃城となっているので、
近代城郭のような城ではありません。

けれども、平成7年に国の
史跡に指定されいて、復元工事も進んでいます。

駐車場もあるので、
訪れやすい城ではないでしょうか。


興国寺城

まとめ

富士山の裾野、富士宮市にある
狩宿下馬桜。

源頼朝が巻狩のとき、
この桜の近くで下馬したことから、
名がつけられました。

五大桜の中でも、
唯一の特別天然記念物です。
ヤマザクラの生命力を感じることができるでしょう。

この地域で遺構がよく残る興国寺城もまた、
みどころが残る平山城です。

今川・武田・後北条三氏の、
三つ巴の戦いが行われた地を訪れると、
感慨深いものを感じるかもしれません。

なお、狩宿下馬桜の近くにも城址はありますが、
都市開発などで遺構がほとんどないため、
興国寺城を紹介しました。

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